"香りで廻る、調和の世界" aroma for earth.

”2300年、火星に地球によく似た文明が生まれていた。ホモ・サピエンスから派生した人類種は"ホモ・二ドル"ラテン語で「嗅ぐ人」を意味する。サピエンスとの大きな違いは口という器官が存在しないこと。ホモ・二ドルは言葉でなく、香りでコミュニケーションをする。両指の第一関節と第二関節から香りの成分を調合することができ、我々が喉をあけ「あ」を発声し、前歯を近づけ「い」を発声するように、伝えたい概念を自由自在に香りで伝達する。犬の50倍にまで発達した嗅覚は敏感にそれらを分別し、喜びも悲しみも怒りも愛しさも、それ以上の感情も香りを通してダイレクトに伝え合うことができる。

地球の言葉は文化圏ごとに異なるが、ホモ・二ドルは全世界で単一の疎通をすることができた。それゆえ香りのエッセンスは高度に磨かれ、香りのみでポータブルに楽しめる映画やゲーム、スマホのようなデバイスも普及し、主体の脳から対象の脳へ物事を伝える伝達率は言語のそれを遥かに超えていた。伝えたい気持ちや情報を鮮度100%に真空パックして伝えることができるゆえ、人々は共同体としての調和を何より大切にしていた。100%の伝達に解釈の余白はない。殺したい気持ちが直接大脳辺縁系まで伝わってくるイメージができるだろうか、それは想像に絶する苦しみとなり、刃で心臓を突き刺すことに等しい。

それゆえ、火星では定期的に祭りが催された。aroma for mars. 言葉に変換するとそのような意味になる名の祭りが、火星時間で1月に1度催された。火星を公転する衛星ダイモスが太陽と重なる瞬間に、月のクレーターと同じくらいの大きさのスピーカーから発せられるリズムに合わせて、幸せ、平和、愛、調和などを意味する香りを歌を歌うように噴霧させ、世界中に芳香を広げていく。祭りの最中は愛や癒し、恍惚の雰囲気に包まれ、個人間のわだかまりや、イデオロギーの対立、社会への鬱憤や不満は霧散した。忘却する、ということではなく、それらの負のエネルギーが選択肢の1つとなったという感覚に近い。調和と破壊、その選択の中でほぼ全ての人が調和を選ぶのは、人類という種の癖であり、過去の種ではそれを快感原則と呼んでいた。その例外となる個体はどうなるか、それはアダムとイヴの時代から何1つ変わっていない。”


2019年10月26日、THE GRAND HALLにて開催。
https://www.jaa-aroma.or.jp/aroma_for_earth/